今日もミサトさんは帰りが遅い。

向かい側のアスカは、目はテレビ画面に向けながら、お皿に盛られたカレーを忙しなくほうばっている。

見てるのはアスカがはまってるドラマ・・・タイトルが何か思い出せないんだけど、今日が最終回らしい。

僕は口にほうばった分を飲み込むと、らっきょうに手を伸ばした。

そのラスト一個に後わずかで箸が届きそうというところで、ぶすりと横槍が突き刺さる。

ああっ!と思って顔をあげると、いかにも見せ付けるという感じで、らっきょうをガリガリ噛みしめるアスカがいた。

・・・ちぇ、これだもんなぁ

僕はアスカの横顔を軽く睨んでから、深い溜め息と共にお皿に残ったルーをスプーンで掻き集めた。

「明日は24日よね」

「そうだね」

今さっきの自分の行動をさっぱり忘れたかのような言い方に、僕はぶっきらぼうに返す。

「ということは、明日はクリスマスイヴか」

「うん」

「シンジは、クリスマスって何か祝ってた?」

「え?」

顔をあげると、アスカがどうなのよと言いたげに、テーブルから身を乗り出していた。

正直、クリスマスが特別な日だとは考えたこともなかった。

ここに来るまでは、一切イベント事には無縁の生活をしていたし・・・・・・

「別に、ないけど・・・」

「そう、じゃあやろうか?」

アスカはにんまり笑う。なんだか嫌な予感がした。

「何を?」

「何って、クリスマスよ!」







夢番地  written by ji-ma









放課後、廊下は帰宅する者、部活動に向かう者でひしめき合う。

僕は踊り場でケンスケやトウジと別れ、教室に入った。

夕陽の差す窓辺で、アスカと委員長がしゃべっている。

会話は聞き取れないけれど、二人して身を寄せ合ってケラケラ笑っていた。

僕は席に戻って学生カバンを手に取る。

横を見ると、綾波もちょうど帰り支度をしているところだった。

なんとなく、話しかけようと思って近づくと

「グズ!掃除に何分かかってんのよバカシンジ!」

僕に気づいたアスカは、カバンを引っ掴んでズカズカとこちらに向かってきた。

「ごめん・・・」

確かに、例の如くケンスケ、トウジとふざけている時間が長かったので一応謝る。

「今日のクリスマスの準備、デパートに買いに行くっていったでしょ?!ほらーぼぉっとしてないで帰りの支度さっさとしなさいよぉ」

「うっうん」

騒がしい僕らを他所に、綾波はカタンと椅子を席に戻し、教室を後にしようとしていた。

「ねぇ、綾波も呼ぼうか?」

「ええっなんでぇ?!」

僕の提案に、アスカは心底驚いたようだった。なんでって、綾波の後姿を見て、なんとなく思いついたんだけど・・・・・・

「クリスマスってさ、皆で祝うもんじゃないかなー・・なんて」

ふぅぅぅぅんとアスカはジト目で僕を睨む。何か変な汗かいてきた。

「・・・あんたがそうしたいなら、勝手にすればぁ?」

少し(いや、だいぶ)含みのある言い方だけど、意外にもアスカはOKしてくれた。

「じゃあ呼んでくるね!」

僕は教室を飛び出す。廊下を抜け、一階の踊り場でようやく追いついた。

「綾波!」

僕の呼びかけに、彼女は足を止める。

「碇君・・どうかしたの?」

変わらない赤い瞳が僕を見つめる。あのさ、と言いかけてから一つ咳をした。

「今日、この後綾波は・・・」

「私、起動実験だから」

「そっか・・・あのさ、今晩アスカとクリスマスをお祝いしようって言ってて、その、よかったら綾波もどうかなって」

「碇君のおうちで?」

「うん」

赤い瞳が一瞬揺らいだ。突然で、戸惑わせちゃったかなぁと不安になる。

「弐番目の人は、いいって言ったの?」

「アスカは別に構わないって」

「そう・・・」

綾波の、学生カバンを握る手に少し力がこもる。迷ってるのかもしれない。

「実験が終わったら行くと、あの人に伝えておいて・・・」

「わかった」

安心させるように笑顔で待ってるからと伝える。遠ざかる華奢な背中を見送りつつ、なんだか少し良い事をしたような気がした。





*     *     *     *     *     *     *      *







「要は、チキンとケーキ、それからツリーがあればクリスマスらしくなるわよ!」

自身で書いた買い物メモを掲げ、荷物持ちの僕を従えて高らかに断言する。

アスカに連れられて、クリスマスのグッズコーナーに来ていた。店員さんは皆サンタの格好をしている。

「ツリーと言っても、随分いろんなのがあるのねぇ〜」

赤、青、緑、チカチカと輝く電飾に彩られた商品を眺めながら、アスカは呟く。
その横顔は心なしか楽しそうだ。そりゃまぁクリスマスだからか。

今まで意識してなかったけど、こうやって店内を見回すとどこもクリスマスカラーで、行きかう人々も小脇に紙袋をいくつもぶら下げている。

みんなこれから誰かと祝うのかな・・・・・・

「ちょっとーシンジ、あんたも選んでよぅ!」

呼ばれた先には、僕の肩位までの大きさのと、膝丈位のと、テーブルに載せれる位のツリーが置いてあった。

「このツリー飾るから、オーナメント選んできてよ」

アスカが選んだのは膝丈サイズのだった。ちょっと意外。

「大きいのにしないの?」

「あんたが運んでくれるならね」

「・・・探してきます」

どれがいいのかよく分からないので、色が被らない程度にいくつかカゴに入れる。だいぶ揃ったところで再びアスカに呼ばれた。

「シンジ、今日これ着なさいよ」

半笑いで手渡されたのは、店員さんが着ているようなサンタのコスチューム。ちゃんと白い髭も付いている。

「ファーストが来た時、これ着て驚かしてやんの。フォッフォッフォ メリークリスマス!って」

想像した。玄関先で動じない綾波と、気恥ずかしさで死にたくなる自分の姿を・・・

「アスカが着なよ」

「やーよ、あたし女だもん」

そう言いながら一着のワンピース型の衣装を抜き取る。

「これならあたしに似合うかなーなんて、どう?」

アスカは自分の体に衣装を押し当てながら、僕の方を振り返った。
真っ赤な超ミニのワンピース。袖がなくて、胸元に白いボンボンがついてる。可愛いけど、コスプレっぽいというか、胸のとこがかなり開いててエッチっぽい感じ。

「なーにジロジロ見てんのよ!いやらしい!」

ジロッと睨み、ガチャンと衣装を棚に戻した。

「アスカが見ろって言ったんじゃないか!」

急にツンケンし出すアスカの後ろ背に向かって僕は吠えた。
いやらしいってなんだよ。ほんのちょっと想像してたからこそ、余計に傷つく。

その後地下に行き、アスカに憎まれ口を叩かれながらも、必要なものは全て取り揃えた。

さすがに荷物を持ってくれたけど、一日で準備するだなんて、なんでまた急にこんなこと言い出したんだろ、まったく。





*     *     *     *     *     *     *      *









「はぁ〜疲れた疲れた!」

玄関に上がると、アスカはさっさと靴下を脱いで洗濯機に放り投げた。

僕はその間に部屋に学生カバンを置きに行く。

「シンジー!この荷物どこに置けばいいー?」

「ケーキは冷蔵庫に入れて、後はテーブルの上に置いといてくれればいいから」

「りょーかい!」

僕がポロシャツに着替えている間、台所からパタパタと足音がする。

着替え終わり、椅子にかけてあったエプロンを手に取りながらペンペンの様子を伺う。彼はフローリングの床にお腹を押し付けながら
気持ちよさそうに寝ていた。

「あたし、シャワー浴びてくるから」

リビングのカーテンを閉める僕の後ろ背に、アスカがそう呼びかけた。

うぅんと伸びをしてから、台所に山積みとなったレジ袋に向かう。

いつもと違う献立には、作り手の僕も気合が入る。

アスカがお腹空いたと騒ぎ出す前に作り始めなければ。





コトコトとお鍋の蓋が鳴ったので、火加減を弱める。フライパンを前に、さっき買ってきたパエリアの素の箱を眺めた。
初めて作るけど、基本混ぜるだけだし、作り方通りにいけばなんとかなるかな。

「どお?ごちそうの準備は順調?」

薄いキャミソールのワンピースに着替えたアスカは、僕の仕事ぶりを確認しようと台所に顔を覗かせた。

「スープとポテトサラダはできたし、チキンとピザはレンジで温めるだけだし、後はパエリアだけ」

「おおっどれどれ♪」

アスカは僕の肩に顎を乗せるような形で手元を覗き込んできた。

シャワーを浴びたアスカが、夕飯の前に一度台所に立ち寄るのは日課になっているけど、今日は随分と距離が近い気がする。
浴室に置いてある、アスカ専用の石鹸の匂いがしてドキドキした。

なんだか今日はいつになくはしゃいでいる気がするけど、やっぱりクリスマスだからなのかなぁ。

腕に当たる柔らかな感触に意識が集中してしまわないよう、僕は勤めて手元の作業に没頭した。

「あーん美味しそう!やーっぱプロデューサーがいいと料理も光るわねぇ〜」

「プロデューサーはアスカじゃなくて、委員長だろ」

「何よあんた盗み聞きしてたの?感じ悪い」

アスカはつと離れて、僕を軽く睨む。

「別にそう思っただけで・・・それよりツリーは?」

「ああ!忘れてた!飾りつけ飾りつけ♪」

軽くスキップするようにリビングに向かう。子供用ツリーを前にして、ぺたりと座った。

「ペンペン、一緒に飾りつけする〜?」

その笑顔を見て、耳たぶが少し熱くなった。

今のアスカ、ちょっと可愛かったかも・・・・・・






*     *     *     *     *     *     *      *







アスカがシャンメリーの蓋をこちらに向けながら開けようとふざけていた時、インターフォンが鳴った。

「あんたが出なさいよ」

軽く顎で促されて、僕は席を立つ。玄関先の電気をつけドアを開けると、明るい水色の髪が見えた。

「いらっしゃい」

入り口の明かりに照らされ一人佇む綾波の姿を見て、そういえば彼女が一人でこの家を訪れるのは初めてだということに気が付いた。

「遅くなってごめんなさい」

僕が用意したスリッパに足を入れながら、綾波が呟く。

「ううん。来てくれてよかった」

綾波が来てくれたことが、嬉しかった。

「先に始めさせてもらったわよ」

リビングに入ると、だらしなく足を伸ばしながらアスカがピザをほうばっていた。テーブルの料理にはだいぶ手がつけられている。

「ごめん、アスカがお腹空いたって煩くて・・・」

「ちょっと!あたしばっか悪者扱いしないでくれる?あんたも同罪でしょーが!」

僕の食べかけのピザを指差しながら、グッと睨んでくる。そりゃまぁちょっとは食べたけど。

「いい、気にしない」

綾波は学生カバンを持った状態で突っ立ったままだ。僕は空いたお皿にパエリアとサラダを装った。楽にしていいから、と綾波に告げて台所にスープを
温めに行く。

「えこひいき様は毎日夜遅くまで大変ですわね〜お疲れのところわざわざ出向いて頂いて、光栄ですわ」

アスカは未だ立ったままの綾波を見上げながら、シャンメリーを煽る。青い瞳と赤い瞳がカチリと合う。

「・・・別に疲れてない」

綾波の方が先に視線を逸らしてポツリと呟いた。

「アスカ、やめなよ」

スープ皿をテーブルに置きながら、アスカをたしなめた。ふんっとそっぽを向かれる。

「座りなよ、綾波。一緒に食べよう」

僕は隣に置いた座布団を軽く叩いて彼女を促す。綾波は空いた空間を少し見つめてから、僕の隣に座った。

お皿を見つめる彼女の肩は、いつになく力がこもっているように見えた。緊張しているのかもしれない。

「ミサトはー?」

空いたグラスにシャンメリーを注ぎながらアスカが尋ねた。

「葛城三佐なら、まだ仕事している」

僕は時計を見上げた。じゃあ帰りは10時過ぎちゃうかな。

「そ。じゃあとりあえず乾杯といきますか。ホレ、シンジなんか言ってよ」

突然の振りに戸惑いつつグラスを手に取る。一つを綾波に手渡してから軽く咳をした。

「えっと・・・綾波来てくれてありがとう。メ、メリークリスマス」

カチンとアスカと僕のグラスが鳴る。遅れて綾波も合わせてきた。

しゅわしゅわと立ち上がる細かな気泡を見つめてから、そっと一口飲む。

「・・・おいしい」

綾波の瞳が少し和らいだ気がした。






「ちょっとあんた、さっきからポテトサラダしか食べてないじゃない!」

「そう?」

黙々と口を動かしていた綾波が顔を上げる。

「ピザも食べなさいよ。ホラ」

冷えて硬くなったピザをお皿に載せると、綾波は具をきれいに取り除いてからパリパリと皮をかじり始めた。

「なに?その食べ方」

アスカが信じられんない!って顔で綾波を見つめる。

「お肉、苦手だもの」

チーズの上に乗っかったサラミとソーセージ。もう少し配慮してあげた方がよかったかな。

「あんたのその肉嫌い。なーんかむかつくのよねぇ〜」

皮付きのローストチキンにかじりつきながらアスカが言う。

「あんたの肉嫌いって、ただの食わず嫌いなんじゃないのぉ?さっきから一口も口にしてないじゃない!」

「・・・だって食べれないもの」

「だーかーらーそれが食わず嫌いだって言ってんのよ!口にしないで嫌いって決め付けて、あんた食べ物に失礼だと思わないの?!」

綾波は顔を上げてアスカを見た。二人の視線に一瞬火花が散ったように見えてヒヤヒヤする。

「ほんとに苦手かどうか、食べてみなさいよ」

アスカはローストチキンの切れ端を綾波のお皿に装った。綾波は黙ってお皿を見つめた後、静かにフォークを手に取る。

「嫌いなら、無理しなくていいよ」

僕は不安になって声をかけた。綾波は決心した顔をしてチキンを口に運ぶ。

「案外食べたら、おいしいって思うかもしれないわよ〜」

アスカは頬杖をついて、綾波の挑戦を面白そうに見つめる。僕はハラハラしっ放しだ。

彼女は無表情のままモグモグと口を動かしてから、ゴクリとそれを飲み込んだ。






*     *     *     *     *     *     *      *









「具合はどう?少しは楽になった?」

僕はコトリと綾波の前にコップを置いた。彼女は一口水を含んでから、ありがとうと呟く。

「あんた、肉アレルギーならそう言いなさいよ」

起き上がった綾波を見て少しホッとしたような顔をしつつ、怒った声でアスカは言った。

「アレルギーかどうか、分からなかったから」

綾波はもう一口水を飲んでから、さっきよりもしっかりした声で返す。自分の作った食事で具合を悪くさせてしまって、僕はいたたまれない気持ちになった。

「ごめん綾波、無理させちゃって」

「碇君が謝ることじゃない。それに・・・・・・・」

軽く言葉を切った後、彼女は続けた。

「私がそうしたいと思ってしたことだから・・・」

そういう綾波は微かに微笑んでいるように見えた。

再び食事を再開しようとしていた時、玄関で物音がした。しばらくしてリビングのドアが開く。

「ただいまー今日は珍しいお客様のお出ましね」

上着を脱ぎかけたミサトさんが、綾波に向かって微笑みかける。

「お邪魔してます」

「あら、なによー今日クリスマスパーティーするなら言ってくれたらよかったのにぃ〜」

アスカの隣によいしょっと座ったミサトさんは、チーズを載せたクラッカーに手を伸ばした。

「それにしてもさすがシンちゃんねぇ〜!どれも美味しそう♪一体誰のために頑張ったのかなっと」

肘でウリウリと小突かれ、僕は反応に困って苦笑いした。

「パーティーをやろうって言い出したのはアスカですよミサトさん」

そうなの?という顔でアスカを見る。見られた本人はそっぽを向いた。

「そっかぁ・・・可愛いところあるじゃないアスカ♪」

「別にミサトが考えてるようなことじゃないわよ」

アスカは照れてるのか怒ってるのか分からない顔でグビリとシャンメリーを煽った。

あたしもビールビール♪といそいそと冷蔵庫を開ける。

四人揃ったところでミサトさんが乾杯の音頭を取る。僕達は改めてグラスを鳴らした。

「くぅ〜っやぁっぱ疲れた後のビールは最っ高だわ!!」

お決まりのミサトさんの台詞。ぐびぐび喉を鳴らす作戦部長の裏の姿を、赤い瞳は可笑しなものでも見るように見つめていた。



長針が10時半を指そうする頃、綾波がそろそろ帰ると立ち上がった。

アスカは二個目のケーキをパクついている。綾波は一瞬アスカを見て、ごちそうさまと呟いた。

シンちゃん送ってあげなさいよと言われ、玄関に向かう綾波に続いて僕も立ち上がる。

アスカはチラリと僕を見た。何か言いたげだったけど、そのまま視線をケーキに戻す。いってきますと声をかけて、リビングを後にした。

マンションを出た後、僕達はしばらく無言のまま歩き続けた。

綾波とはいつもこうだけど、今日はさっきまでのパーティーの余韻をお互い楽しんでいる感じ。彼女が実際楽しんでいたかは分からないけれど。

ポツリポツリと青白く光る街灯の下、二つの足音が真夏の夜に響く。

「今日は、ありがとう」

綾波が伏せた目を上げて、僕を見た。

「ううん、僕も来てくれて楽しかった。こんな風に食事するのって初めてだったし」

なんだか照れくさい。でも本当の気持ちだ。

「その言葉、弐番目の人にも言ってあげて。今日私を呼んだのは、きっと碇君のためだと思うから」

その言葉にちょっと驚いた。アスカが?僕の為に??

「あの人、今日何度も碇君を見てた。あなたがちゃんと楽しんでいるか確認するみたいに」

僕はさっきまでの様子を振り返る。僕が見た限り、アスカはいつも通り僕をからかって、綾波に意地悪言って、お皿の料理にパクついていたように思う。

「碇君が楽しんでいるのが分かったから、私も楽しかった・・・それは多分あの人も同じ」

「そう・・・・・・」

なんと返事したらいいか分からなくて僕は曖昧に返す。

「私、クリスマスってよく分からない。でも今日碇君の家で食事をして、とても温かかったの」

夜風が僕達の髪を揺らす。綾波は少し沈黙してから言葉を続けた。

「誰かと食事をするのって、とても温かいことなのね」

僕は彼女が今帰ろうとしている剥き出しのコンクリートの壁を思い出した。

「また、いつでも食べにおいでよ」

ありがとう、と呟いて綾波は足を止める。

「ここでいい。さよなら、碇君」

「おやすみ」

スカートを翻し、だんだんと闇夜に溶け込むように遠ざかる後ろ背をしばらく見送った後、僕は元来た道に向かった。






*     *     *     *     *     *     *      *









一人になって歩く街灯の下で、僕は先ほどの綾波との会話を思い出していた。

綾波がああいう風に言うなんて思わなかったな・・・

楽しかったと素直に告げる彼女の言葉は、自分の心も温かくしてくれた。

元はといえば、アスカが突然言い出したんだよな。

夕刻、ツリーを買ったりチキンを買ったり、デパート内を随分歩きまわされたことを思い出す。

食事の準備の時もはしゃいでたっけ。クリスマスのごちそうが食べたいから急にお祝いするなんて言い出したのだと思ってたけど、違うのかな?

アスカは今日一日楽しそうだった。

綾波が来た時も、いつものように噛み付いて剣呑な空気になるということはなかった。

彼女が来ることすら、断固として嫌がられるかと思ったのに・・・・・・

温かかった

嬉しかった

アスカが僕に気を遣ってくれたということが、なんとなく分かったような気がした。

 ― 誰かと食事をするのって、とても温かいことなのね ―

綾波の言葉を思い出す。

いつの間にかマンションの下まで来ていた。

顔を上げるとポツポツと部屋の明かりが見える。

僕は家の明かりが苦手だった。あの光が幸せの象徴のように思えたから。

誰かの帰りを待っている人がいる。ただいまと言える場所がある。それは僕が欲しくても手に入らなかったものだ。

ここに来たばかりの頃を思い出す。あの時は照れくさかったし、どうせすぐ出て行くだろうと思ってたけど、今こうして明かりが灯った部屋を見上げている自分がいる。

いつのまにか僕の家になっていたんだ・・・

その時ベランダに続く窓がカラリと開いた。アスカだ。心臓がドキンと鳴った。

ベランダに彼女のシルエットが浮かび上がる。遠いし暗くて表情は見えないけど、それでも目が合った気がした。

手を振ろうかどうか迷ったけど、恥かしいのでやめた。その代わり早く彼女に声をかけようとエレベーターまで走った。





「ただいま、アスカ」

僕は家に着くと真っ直ぐベランダに向かった。アスカはベランダの手摺りに頬杖をついた状態でこちらを見る。

「お姫様を送ったナイトにしては帰りがお早いですこと」

「途中までだったからね」

僕はアスカのすぐ隣の手摺りに手をかけた。意外と距離が近いからドキドキする。でも何でかな?アスカの側に居たかった。

「ミサトさんは?」

「寝ちゃった」

そっかと僕は呟く。アスカはこっちを見ない。

「今日は、ありがとう」

僕もアスカを見ないまま御礼を言った。何が?と視線を下に向けたままアスカが言う。

「綾波やアスカとこんな風に食事するのは初めてだったから、何かいいな・・って」

自分の気持ちを上手く言葉で伝えようとするが、慣れてないので言葉に詰まる。

「いいなって?」

「綾波がさっき言ったんだ、楽しかったって。僕もすごく楽しかった・・・」

「すっごく?」

「うん、すごく」

アスカが急に顔を覗きこんできたのでドキマギする。

「そっ!じゃあこれで借りは返したわね」

アスカが満足そうに頷いた。僕は言葉の意味が分からなくて彼女を見る。

「こないだの誕生日の借り、まだ返してなかったでしょ?今日ので貸し借りゼロってわけ」

アスカの誕生日、僕はチェロの演奏をした。ちゃんと祝ってあげれなかったせめてもの罪滅ぼしとして。

「それで今日クリスマスパーティーを思いついたの?」

なんだか拍子抜けする思いでアスカに尋ねる。そうよと答えてそっぽを向く。

「借りなんて・・・よかったのに」

まさかそんなことを気にしてるなんて思いもよらなかった。律儀というか何と言うか・・・

「よかぁないわよ!だって・・・その、き、気持ちの整理がつかないじゃない!」

「気持ちの整理って?」

「だから〜あんたも楽しい思いをしなきゃだめだってこと!」

よく分からないけど、僕が楽しければ借りを返したということになるのかな?

「それならさ、僕の誕生日に何かするとかじゃだめなの?」

「借りっぱなしは嫌なのよ。ここら辺がモヤモヤするし」

アスカが胸を押さえて眉をひそめる。

「それに、私達はいつ何が起こるか分からない身なのよ?借りっぱなしのままあんたに死なれちゃ、私も夢見が悪いしね」

「ふーん」

彼女はやっぱりエヴァのパイロットなんだなって思った。自分よりずっと先のことを考えている・・・

「アスカは楽しかった?」

なんとなく聞きたくなって、アスカに尋ねた。ちょっと驚いたような顔をして僕を見る。

「別に楽しくなかったってことはないわよ」

ツンと顎を反らせてアスカが答える。言い方がいかにもアスカらしい。

「じゃあさ、来年もクリスマス祝おうよ一緒に」

「来年クリスマスがあるかどうかなんて、分んないわよ・・・」

「うん、もしあったらさ、早めに大きいツリーを買っておこうよ」

「その時はあんたが持つのよ」

「はいはい」

僕とアスカはそれから黙って目の前に広がる夜景を見下ろした。

肘と肘がぶつかり合う。触れ合う肌から、アスカが今僕と同じ気持ちなのが分った。

街の灯り、家の灯り。

この灯りの下で、同じ日を迎えられたことを祝っている。

願わくはいつか綾波の家にも、明かりが灯りますように・・・

温かい夜風が、僕の頬をそっと撫でた。

end

2009 xmas ss 2009 12/28 written by ji-ma


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あとがき

クリスマス記念SSなのに、公開がだいぶ遅れて申し訳ないです・・・っ書き始めたのが遅かったな(汗)

本策で2作目のLASSS。一応時系列として、前作のアスカ誕生日話とリンクしています。

今回はシンジ視点で書こうと最初に決めていました。

私は13話でアスカ・シンジ・レイが夜空を見上げながら会話をするシーンが好きで、ああいう雰囲気を別の形で表現できないかなぁー
と考え、ついで破で見られなかった食事会を自分なりにやっちゃおうと思い、クリスマスで三人が食事を共にする話を思いついた感じです。

当初もうちょっとコンパクトにした雰囲気SSにしようと思ってたのですが、綾波をノリノリで書いちゃう自分がいた・・・後悔はしていない。
タイトルは私の大好きなバンドRADWIMPSの曲名から。後から考えたら夢のような一時をあのマンションで過ごした・・という意味も含めて。

私的2009年流行語大賞「ぽかぽか」なお話にしようと思ったネタです。それがちょっとでも伝わって頂けたら幸い・・・読んで下さって、どうもありがとうございました!