「この電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていないためかかりません。この電話は・・・」


機械的に流れる音声ガイド。

パチンと携帯電話を閉じ、そのまま床に放り投げた。

「・・・ちぇ、加持さんには祝ってもらおうと思ったのに・・・・・・」

ベッドに仰向けのまま呟く。

今、この家にはあたししかいない。

しばらく天井を見つめてから、溜め息と共に目を閉じた。





だって今日は あたしの・・・  written by じーま





生まれた日だからといって、知人に教えあったり祝ったりするのはバカバカしいと思う。

おめでとう、と言われるのは悪い気はしないけれど。

いついつが誕生日なんだと人に言うのって、祝ってもらうのを期待してるみたいで、なんか嫌だ。

教えたのに会っても何も言われないというのもちょっと傷つくし・・・まぁ単純に忘れてただけだろうけど。

そんな風に、今日何人に「おめでとう」と声をかけられるかを気にしつつ一日を過ごす位なら、初めから教えない方がマシだと思う。
知らないから、言われない。その方がスッキリするじゃない。

この日本で今日があたしの誕生日だって知ってるのは、ミサトと加持さんくらいか。

ミサトはここ数日帰ってこないし、加持さんとも連絡が取れないでいる。まぁそれもいつもの事。

ヒカリには言おうかどうか迷った。でも結局言わないで帰ってきちゃった。

お弁当を食べてる時、どうしようか悩んだのだけど、急に今日が誕生日だなんて告げて変に気を遣わせちゃまずいかな・・・と思ったし。
でも後から知られたら、なんで教えてくれなかったのって怒るかなぁ?

正直、まだ同世代の友達との付き合いってよく分からない。友達にプレゼントしたり、パーティーなんてしたことないし。

日本に来て、初めてそういうことするんだって知った。

なんであんなことするんだろ。お互いの誕生日を知ってる=友達みたいな感覚なのだろうか。

プレゼントを渡すのは、その意思表示かな。あたしははあなたの誕生日を知ってます、だからあたし達は友達です、という。

めんどくさい、そういうの。

きっと、あたし以外の子は、そういうの好きなんだろうけど。

・・・あたしは変わってるんだろうか・・・・・・


その時ふとシンジの顔が浮かんだ。


あいつもこういうの苦手よね、絶対。誕生日なんて自分から言いそうにないし。

そういえば今日があたしの誕生日だって知らないのは、このうちであいつだけか。

なんか知らぬ間に一人除け者にされてて笑える。

あたしが言わない限り、除け者のままね、あいつ。

枕を抱きかかえ、寝返りをうつ。

シーツに顔を埋めながら、いい気味だと一人で笑った。







*           *            *








目を開けたら部屋が暗くなっていた。

首の後ろをさすりながら体を起こす。

なんだ・・・寝てたのかあたし。

よろよろと襖を開ける。玄関先が暗い。

開けっ放しだったリビングのカーテンを閉める。そのまま台所へ行き、水を一杯飲んだ。

ソファに座り、リモコンを手に持ちながら時計を見る。

19:30。

まだ帰ってきてないのかあいつ。

ソファに寝転がり、クッションの縁を摘み、ほつれた糸を引っ張っているうちに、なんとなくテレビを見る気が失せてしまった。

おめでとう と言われる日も、残り4時間半 か・・・

変に夕寝してしまったためか、頭が重い。

「お誕生日おめでとう・・・アスカ」

あたしは今日、初めてあたし自身に呟いた。

ありがとう と心の中で返してそっと微笑む。

本当は、お誕生日を祝ってもらうことがすごく嬉しいことだって知ってる。

だって、昔ママに祝ってもらったから。

あたしとママの二人っきりの誕生日パーティー。

あたしは赤いフリルのワンピースを着て、ママはお気に入りのペンダントをしてた。

すべすべとしたオパール。

大人になったらあたしにくれるって、そう約束してくれた。

二人でケーキを食べて、それからママはあたしにピンクのリボンのかかった箱を渡してくれた。

プレゼントは猿のぬいぐるみ。

ぎゅっと抱きしめながら何度もママありがとうって言った覚えがある。

その時あたしに向けられたママの笑顔を見て、あたしは愛されてるんだって思った。

ママはあたしのことが好き。だからもっと好きになってもらえるよう頑張る!

あたしはあの時ぬいぐるみを抱きしめながらそう誓った。

その思いは今も胸に残っている。

あの日の幸せな気分に戻りたくて、クッションを抱きしめる。顔を埋めて、懐かしいママの香水の匂いを思い出しながら。

ママは白くて綺麗な指をしていた。

あたしはその指で髪を梳いてもらうのが好きだった。

ママに髪を結ってもらいたくて、何度も病院に行った。

細い指であたしの頬をそっと撫でて、それから・・・・・・・


急に息が苦しくなる。首筋に、あの時のひやりとした冷たい指の感触を思い出す。

だめ!これ以上思い出したらダメ!!

どくどくと早鐘を打つ心臓を少しでも抑えようと、体を丸めた。

目を瞑り、必死になってあの記憶を振り払う。気づいたら手足に冷たい汗をかいていた。

緊張で強張った指先に、ふぅっと息を吹きかける。

厳重に鍵をかけたつもりが、時々ふとした拍子に開いてしまう。

完全に開ききる前に扉を閉めれるようになってきたのだけど・・・それでも一瞬パニックに陥りそうになった。

誕生日は、ママとの唯一の楽しい思い出だった。

ママの声、ママの匂い、あたしが一番嬉しくて無邪気に笑えた日。

その甘い記憶の先には、忌まわしい記憶を閉じ込めた扉がある。

あたしがつい嬉しくてその記憶の糸を辿っていると、うっかりあの扉を開けそうになる・・・今みたいに。

だからかもしれない。あたしが誕生日からわざと身を遠くしているのは。

あたしは怖いのだ。ママのように壊れてしまうのが。







*           *            *







玄関で人が動く気配がする。ほどなくしてリビングのドアが開いた。

「ただいまー」

シンジだ。遅かったじゃない、バカ。

「ごめん・・・トウジの家に寄ってて、それでその後スーパーで買い物してきたからこの時間に・・・」

まだ何も言ってないのに謝ってる。つくづく内罰的な奴。

「・・・・・・」

あたしは返事をしないでやった。シンジがソファに近づいてくる。

「アスカ?寝てるの?」

「・・・・・・起きてるわよ、バカ」

クッションに顔を埋めながら答える。まだ少し顔が青ざめていそうで、起き上がるのが怖かった。

「今から作るから簡単なのにしようと思って買ってきたんだけど、レンジでチンするやつ。アスカ、どれがいい?」

シンジはテーブルにさっき買ってきたレトルトパックを並べてるみたいだ。レジ袋がガサガサと音を立てている。

あたしは気だるげに体を起こした。そのまま起き上がってシンジが並べた今日の献立を見つめる。

煮込みハンバーグと白身魚のソテーと麻婆豆腐。

あたしはさっきの事もあって、妙にくさくさしていた。人の気もしらないで、自分の帰りが遅くなったからといって、こんなもので済まそうとして。

「・・・・あたし、こんな物食べたくない」

「ええっ?でもアスカお腹空いてるんじゃないかと思ってすぐ食べれるやつ買ってきたのに・・ホラ、アスカの好きなハンバーグとか・・・」

「またハンバーグでご機嫌とり?人をバカにするのも大概にしなさいよバカシンジ」

シンジはちょっと驚いた顔であたしを見つめた。あたしはその顔にいらいらする。

「あたしがお腹空いてるんじゃないかなんて上っ面なこと言って、ほんとは自分が楽したいだけでしょうが!だいたいあたしのこと心配してくれるならこんな遅くに帰ってくるはずないじゃないっ調子いいことばっか言わないでよ気持ち悪い!」

八つ当たりだって分かってる。でも言わずにはいられなかった。

「なんだよ・・それ・・・」

シンジは少し不機嫌そうな声を出す。あたしのいらいらは止まらない。

「今すぐ何か作って!ちゃんとしたやつ」

「時間かかるよ。それにこれ・・・・・」

「こんな物食べたくないって、言ってるじゃない!!」

「我が儘言わないでよ、アスカ」

「言ったっていいでしょ?!だって今日はあたしの・・・・・・っ」

そこまで言いかけてハッと口を閉じた。思わずシンジから目を逸らす。

今日が誕生日だからと言って、何になるんだろう。こいつに何か期待してた訳でもないのに。

あたしが自分の吐いた言葉に居た堪れなくなって部屋に戻ろうとした時、

「今日って・・・もしかして誕生日だったの?アスカ」

シンジはしばらく考えて、ようやく合点がついた顔をして尋ねてきた。

「・・・・・もしかしなくても、そうに決まってるじゃない、バカ・・・」

あたしは自分から教える羽目になってしまったことが恥かしくて俯く。

「ごめんっ!その知らなくて・・・そっか、そうだよね・・・お誕生日なのに・・・」

急に慌てて謝る姿が可笑しくて、それにさっきまでこいつを除け者呼ばわりして笑ってたことも思い出されて、あたしの中の怒りのパワーは急速に萎んでいった。

「でも、何で今日が誕生日だって教えてくれなかったのさ」

「別に、あんたに言う必要なんてないじゃない」

「それは・・・・・でも知ってたらプレゼント、用意したのに」

「あんたばかぁ?あたしがあんたからのプレゼントを欲しがると思ったわけ?傲慢な奴ねほんと!」

「欲しがるとかそんなんじゃなくて、一緒に住んでるし、その・・・ミサトさんとアスカは家族みたいなものだし、何かしたいなって・・・・・・」

あたしはその言葉に固まった。

「か、ぞく?」

シンジはあたしが嫌がったと思ったのか、ごめんと俯く。

・・・・・・・吃驚した。

あいつの口からそんな言葉が返ってくるとは思わなかったから。

あたしはいつも義務で一緒に暮らしてるとこいつに言ってきたし、事実そうなんだけど・・・でもまぁお風呂上りのあたしを見て赤面するのをからかうのは結構楽しくて、こういうのも悪くないなとは思ってた。

でもシンジはこの生活を、こうやってリビングで我が儘ぶつけるあたしを、家族として見ていたのか。

家族 というのは大袈裟だと思った。ただ同じマンションの一室で暮らしてる、ルームシェアみたいなもんでしょって思う。

シンジはご飯作りながら、家族の為にとでも思ってたのだろうか。バッカみたい。

鼻で笑ってやりたいところだけど、でも胸の奥がこそばゆいような変な気持ち。

あたしがいつまでも黙っているので、怒らせたと困惑したらしく、静かに目の前のレトルトパックを片付ける。

シンジが台所へ向かう前に、パッとそのレジ袋を掴んだ。

「・・・やっぱりお腹空いたから、ハンバーグでいい」

仕方ないって不機嫌そうな声で言ったつもりなんだけど、何嬉しそうな顔してんのよバカシンジ。

結局電子レンジでチンして、あたしは煮込みハンバーグを、シンジはソテーを食べた。

味噌汁だけは、作ってもらったけど。







*           *            *








まだ濡れたままの髪をタオルで乾かしながら、ひたひたとリビングに入った。

テーブルには、さっきケーキの代わりに食べたプリンの容器がそのままの状態で並んでいる。

別にいいって言うのに、買ってくるっていうから、冷蔵庫のプリンをあたしが出してきたのだ。

シンジはケーキじゃないのを気にしてたけど、あたしはこれで良かったと思う。

だって、二人っきりでケーキ食べて誕生日を祝ってもらうのって、家族というよりその・・恋人っぽくてなんかやじゃない!

ソファに座ってテレビを見てるシンジの隣に座る。いつもより、ちょっとだけ近くに。

「アスカ、出たんだ。じゃあ次入ってこようかな」

リモコンを置いて立ち上がろうとするシンジに、あたしはもう一歩だけ近づいた。

「なに?」

シンジの顔が少し赤い。多分、あたしから香るシャンプーの匂いのせいだろう。

「シンジ、あたしにプレゼントあげたいって言ってたじゃない?だからさ、もらってあげようと思って」

「えっでもさっき知ったからあげるもの何もないよ・・・」

分かってる。だからさっきお風呂で思いついたのだ。

「チェロ、弾いてよ」

前に聴いたシンジの演奏。こいつにも一応特技あるんだって、ちょっと感心した。

「あたしが眠るまで、弾いて欲しいの。それがプレゼント」

「いいけど、夜遅いから近所迷惑なんじゃ」

「じゃあ一曲だけ!ね?」

「うん」

シンジはちょっと待っててと言い残し、チェロを取りに行く。あたしはテレビを消して、演奏の準備をするシンジをドキドキしながら待っていた。

重そうなチェロを抱え、音階を確認しながら調律する。流れるように弦に弓を走らせた後、シンジはこちらを向いた。

「何かリクエスト、ある?」

「あんたが得意なのでいいわ。あたし部屋で聴くから、合図したら演奏してくれない?」

「うん、分かった」

「それから・・・」

恥かしさを誤魔化すため、少し咳をする。

「誕生日プレゼントなんだから、気持ちを込めて、あたしのことを想いながら弾くのよ?いい?」

「努力します・・」

「よろしい」

あたしは満足気に頷いて、部屋に戻ろうと立ち上がった。シンジもつられるようにして立ち上がる。

「誕生日、おめでとうアスカ」

少し照れた顔。今日あたし以外で、あたしの誕生日を祝ってくれた言葉。

「ありがと」






あたしはベッドに横になった。枕の位置をちょうどいい具合に調整する。

お風呂で思いついたシンジからのプレゼント。

目を瞑り、深呼吸をする。大丈夫、今度はきっとさっきみたいにはならない。

シンジがリビングで待機してるのが分かる。一呼吸おいてから、あたしはシンジに声をかけた。

目を閉じたまま演奏を待つ。しばらくして、少しずつ確かな音としてチェロの音色が耳に届く。

知らない曲だ。でも深い低音のチェロの音が心地よい。

あたしは胸に抱いたぬいぐるみを抱きしめた。

ママの記憶。楽しかったママとの思い出。

チェロの音色を頼りに、その思い出の糸を辿っていく。

ママの匂いのこと、あたしの髪を優しく撫でてくれたこと、手を繋いで歩いたこと。

あの時ママはどんな顔をして笑ってた?なんて声を掛けてくれたっけ。

もう一度、あの声を聴けたら・・・

「マ・・・マ・・・・・・・・」

あたしの頬を一筋の涙が伝う。



おめでとう、アスカちゃん



甘い、柔らかな声。

その声は一瞬記憶の底から蘇り、甘やかな旋律と共に、胸の奥に響き渡った。




end

2009 1204 written by じーま

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あとがき

アスカ誕生日記念SS。LASとして初挑戦なので、本作が処女作となるのかな?

もともと漫画にしようとして描いてたものですが、漫画ではなかなか表現しにくい部分があったのでSSという形にしました。

母親との思い出に苦しめられることが多いアスカに、ちょっとでもいい想いができたらなぁと思いついたものです。

シンジのチェロを絡ませたのは、映画「おくりびと」のイメージから。チェロの旋律が死者を思う心を癒してくれる材料になるかと思って。

漫画とは少し違う雰囲気にしようという勢いで書いたものですが、読んで下さってありがとうございました!